雨が降ってるけど外で遊びたいと言ったところから私の失敗恐怖症は始まった

思い返せば昔からとにかく親から怒られることが怖くて仕方なかった。

幼少期の頃からどうやったら怒られないかばかり考えていた。

これは私が生まれ持った性格かもしれないし、育った環境のせいかもしれない。(というのも、親が物投げる、ヒステリーに叫ぶ、叩く蹴るが割と日常茶飯事の家だったのだ…)

 

そんな私が幼稚園で一回だけ怒られたことがある。雨の日に、「外で遊びたい」と言ったのだ。

その先生に怒られた経験を、母は私が中学生になるくらいまで頻繁にネタとして話していたが、私は恥ずかしくて仕方なかった。

失敗することは恥ずかしい。みんなに見られているのだからしっかりしなければと心が震えた。

 

また、母はよく私が失敗すると「ほら、お母さんの言った(心配した)通り」とどこかうれしそうにするので、私はそれがとても嫌だった。

失敗するのが嫌で、常に最悪の事態を想像するようになった。

その想像よりも失敗が小さく済めばホッとするし「私もわかってたもん」と言い訳できると思えた。

 

負けることが恥ずかしくて、勝てない試合はしたくなかった。常にスタートダッシュを意識し、勝ち逃げスタイルを貫いてきた。
決して、後から挽回することはなかった。(唯一例外は浪人の時だけ)

高校生の時に赤点になりそうな教科があったので、学校を逃げ出しロフトで時間潰しをしていたら学校中捜索され、親に連絡がいき、結果めちゃくちゃ怒られたのは、自分でも頭がおかしかったなと思う。

とにかくそれくらい失敗や負けが嫌だったのだ。

 

そんな私が今の自分に対して「まあそういうこともあるよね」と認められるようになったのは150%旦那氏のおかげだなぁと思う。

ただ、この失敗恐怖症は厄介なことに「人間関係」を築く上でもじわじわと私を苦しめ続ける。

怒られることや注意をされることが苦手で、職場での指摘に心が耐えられない。
職場でも同期や同僚が何をしてるのか気になる、自分がどう思われてるのか気になる。
自分のことが嫌いそうな人がいるだけで、頭がその人の事でいっぱいになり何も手につかなくなる。(顔を見ると動悸がする)
変化が原因で嫌われるのが怖くて、進学する度に友達と全く連絡を取らなくなる。

そんな日々が続いた。

そんな日々から抜け出せる日はいつかくるのだろうか。